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糖尿病研究センター

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糖尿病診療の質は向上したか?
並存症治療の質は向上、網膜症・腎症の検査実施率が課題

2019年3月8日

国立国際医療研究センター
東京大学大学院医学系研究科

発表のポイント

  • 大規模レセプト(診療報酬請求明細書)データにより、糖尿病患者において適切な検査や処方が行われている割合について近年の推移を分析しました。
  • 高血圧薬治療者への『ACE阻害薬またはARBの処方』と脂質異常症患者への『スタチンの処方』の割合は上昇傾向にあり、並存症治療の質は向上していました。
  • 2015年度において、糖尿病網膜症の検査(眼底検査)の実施率は約40%、糖尿病性腎症の検査である尿アルブミン検査の実施率は約24%にとどまっており、糖尿病診療の課題が明らかになりました。

発表者

  • 田中 宏和(国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター 特任研究員、
                    東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻公衆衛生学分野 医学博士課程4年生)
  • 杉山 雄大(国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター 室長、
                    東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻公衆衛生学分野 特任研究員、
                    筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野 准教授)
  • 井花 庸子(国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター 医師)
  • 植木 浩二郎(国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター センター長)
  • 小林 廉毅(東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻公衆衛生学分野 教授)
  • 大杉 満(国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター センター長)

発表の要旨

糖尿病性腎症、糖尿病網膜症はそれぞれ、透析導入原因の第1位、失明原因の第3位と言われており、糖尿病診療においては合併症発症・進展予防、合併症が発症した場合の早期診断・早期治療が重要です。わが国の糖尿病患者において適切な検査や処方が行われている割合の近年の推移は分かっていませんでした。国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センターの杉山雄大室長と東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野の田中宏和(大学院生)ら共同研究チームは、健康保険組合のレセプト(診療報酬請求明細書)データベース※1を用いることにより、薬物治療中の糖尿病患者において糖尿病治療ガイド(日本糖尿病学会編著)等で推奨されている検査や薬の処方を受けている割合を糖尿病診療の質を示す指標として算出し、その経年変化(2007~2015年度)を分析しました。
研究の結果、3ヶ月に1度以上の頻度で医療機関を受診し糖尿病治療薬の処方を受けていた糖尿病患者において、翌年度に1回以上のHbA1c検査※2、血中脂質検査を実施した割合は高く、それぞれ約95%、約85%でした。また、『高血圧治療薬を処方されている糖尿病患者がACE阻害薬またはARBの処方を受けている割合』と『脂質異常症を並存している糖尿病患者がスタチンの処方を受けている割合』※3は上昇傾向にありました。
一方で、糖尿病治療ガイド等で推奨される年1回以上の糖尿病網膜症の検査※4を受けている糖尿病患者の割合は約40%にとどまり、この実施率は近年上昇していませんでした。また、糖尿病性腎症の検査である尿アルブミン検査※5の実施率は上昇傾向にあるものの2015年度においてもわずか24%であり、糖尿病網膜症・腎症の検査実施率に課題があることが明らかになりました。これらの点については、糖尿病治療ガイド等で推奨されている適正な検査のさらなる普及が望まれます。本研究ではインスリンの処方の有無や医療施設の規模で層別化した解析を行っており、これらの結果が糖尿病診療の質の向上のための基礎資料として今後活用されることが期待されます。本研究は国際糖尿病連合が発行する” Diabetes Research and Clinical Practice”の3月号に掲載されました。

研究の背景

糖尿病はインスリンの作用不足により慢性的な高血糖状態が持続する疾患です。わが国における有病者の割合は、男性で18.1%、女性で10.5%と推計されています。(「平成29年国民健康・栄養調査」)。糖尿病は失明や透析導入の原因の上位を占めており、糖尿病合併症の発症・進展の予防は社会的な課題となっています。糖尿病に関する「診療の質」は、糖尿病患者において合併症の発生がどの程度あるか、血糖コントロールが十分になされているかといった臨床的な『アウトカム』とともに、行うべき診療(治療や検査)がなされているかといった『プロセス』や、よい診療を行うための環境や人員は揃っているか(『ストラクチャー』)で評価されます。
国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センターでは、糖尿病治療ガイド等に沿った糖尿病合併症検査がなされているかなどの『プロセス』に関する診療の質に着目し、東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野と共同して研究を行なってきました(過去の研究の参考URL: 糖尿病診療の質を大規模レセプトデータで評価[東京大学医学系研究科プレスリリース 2016年9月15日])。今回の研究では、「わが国では近年、プロセスに関する糖尿病診療の質は向上しているか」を確認することを研究目的とし、2007年度から2015年度の期間のHbA1c検査、血中脂質検査、眼底検査、尿アルブミン検査、スタチン処方(脂質異常症)、ACE/ARB処方(高血圧)の実施率の経年変化を分析しました。

本研究の概要・意義

本研究では、株式会社JMDCのレセプト(診療報酬請求明細書)データベースを用いて、2006年4月から2016年3月まで研究対象となった複数の健康保険組合の加入者(3,740,239人)を対象に、2006、2008、2010、2012、2014年度に3か月に1回以上の頻度で糖尿病の診療を受け、かつ糖尿病薬の処方を受けていた人を糖尿病として特定しました。この結果、日本全国に分布する約46,000人の糖尿病患者についてデータを分析しました。
 
 検査割合処方割合の推移
  
それぞれの翌年度に、HbA1c検査、血中脂質検査、眼底検査、尿中アルブミン検査、血清クレアチニン検査を年1回以上受けているか、スタチン処方(脂質異常症)、ACE/ARB処方(高血圧)を受けているか調べ、その割合を算出しました。この時、入院した患者や定期的に受診しなくなった患者は解析から除外し、「観察期間中に定期的に外来を受診し検査を受ける機会が十分にあった」と考えられる糖尿病患者のみを分析対象としました。
3ヶ月に1度以上の頻度で医療機関を受診し糖尿病治療薬の処方を受けていた糖尿病患者では、各年度に1回以上のHbA1c検査は約95%、血清脂質検査は約85%であり高い実施率でした(表)。また高血圧や脂質異常症を並存している糖尿病患者が、それぞれ高血圧治療薬、スタチンの処方を受けている割合は上昇傾向にありました。これらの結果から、近年より多くの患者が糖尿病治療ガイド等の推奨に沿った診療を受けられるようになっている傾向が示唆されました。
一方で、糖尿病治療ガイドで推奨される年1回の糖尿病網膜症の検査を受けている糖尿病患者の割合は約40%にとどまり、この実施率は近年上昇していませんでした。また、糖尿病性腎症の検査である尿中アルブミン検査の実施率は上昇傾向にあるものの、2015年度でもわずか24%であり、わが国の糖尿病診療では糖尿病網膜症・腎症の検査実施率に課題があることが明らかになりました。
インスリンの処方の有無で結果を比較すると、インスリンの処方を受けている患者は経口糖尿病薬処方のみの患者に比べて、適切な(あるいは推奨されている)検査や薬の処方の割合が高い(診療の質が良い)ことが明らかになりました。これはインスリンの処方を受けている患者の方が糖尿病の罹病期間が長い、血糖コントロールが悪いなどの可能性があり、より慎重に診療されているものと考えられました。また、中規模以上の病院(200床以上)で糖尿病薬の処方を受けている(糖尿病の診療を受けている)患者は小規模の病院(20-199床)や診療所より適切な検査や薬の処方の割合が高い(診療の質が良い)ことが明らかになりました。これらの差の要因には医師と患者双方の要因が考えられますが、全ての糖尿病患者に対して適切な検査や処方が行われることが理想であるため、医師と患者の要因に関わらず糖尿病治療ガイド等の指針に沿った診療が提供される環境の整備が必要であると考えられました。
適切な検査・処方実施率の向上が見られたものについても向上の余地があり、糖尿病治療ガイド等で推奨されている検査や処方のさらなる普及によってより多くの糖尿病患者に適切な診療が提供されることが望まれます。本研究結果が糖尿病診療の質の向上のための基礎資料として今後活用されることが期待されます。

今後の展望

本研究で用いたレセプト(診療報酬請求明細書)データベースは患者が複数の保険医療機関にかかっても、全ての医療機関で受けた診療行為や薬の処方を把握することができます。本研究で用いたデータベースは限られた人口集団でしたが、当センターでは現在、厚生労働省から「レセプト情報・特定健診等情報データベース(ナショナルレセプトデータベース)」のデータ提供を受け、日本全国の糖尿病患者をカバーした分析を行なっています。今後の展望として、糖尿病診療の地域差や医療施設の特性による差などの分析を進め、わが国の糖尿病診療の実態把握と診療の質の向上のために研究結果を提言していきたいと考えています。

用語の説明

  1. レセプト(診療報酬請求明細書)データベース: 保険診療で行われた診療行為の費用は、患者が医療機関に支払う自己負担分を除き、医療機関が診療実績に基づき各保険者に請求する。この際、請求のために作成されるのがレセプト(診療報酬請求明細書)である。レセプトにはその患者が受けた検査や薬の処方などが記載されており、患者が複数の医療機関を受診した場合でもすべての診療行為が把握可能であるため、レセプトを分析することでその患者がどのような診療を受けたのかを網羅的に分析できる。本研究で用いた民間のレセプトデータベースとともに、最近、国においても、すべての保険者のレセプトや特定健診のデータを集めて研究に利活用する「レセプト情報・特定健診等情報データベース(ナショナルレセプトデータベース)」の整備が進められている。
  2. HbA1c(ヘモグロビン・エー・ワンシー): 血液検査によって測定される臨床検査の一つ。過去1-2ヶ月の血糖値を反映するとされ、血糖値が食事の影響を受けやすいのに比べHbA1cは安定して測定できるため糖尿病の診断基準であるとともに糖尿病患者の血糖コントロールの状況を把握するために用いられる。
  3. 高血圧治療薬、スタチンの処方:糖尿病に加えて高血圧症と脂質異常症も動脈硬化の原因となり、糖尿病大血管症の予防のため糖尿病患者では特に高血圧症と脂質異常症のコントロールが重要である。糖尿病治療ガイドでは「糖尿病における降圧薬としては、第一選択薬として、臓器保護作用やインスリン抵抗性改善作用を有するACE阻害薬またはARBを用いる」、「スタチン系薬剤の投与は、脂質異常症を合併した糖尿病患者の心血管疾患(CVD)発症率を抑制し、生命予後を改善する」として推奨されている。本研究では高血圧治療薬を処方されている糖尿病患者に対するアンジオテンシン変換酵素(angiotensin-converting enzyme:ACE)阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(angiotensin II receptor blocker:ARB)の処方割合と脂質異常症を並存した糖尿病患者へのスタチン処方割合を分析した。
  4. 糖尿病網膜症の検査:「精密眼底検査」や「汎網膜硝子体検査」などが糖尿病網膜症の検査として行われる。日本ではこれらの検査を眼科医が行うため、一般的に糖尿病患者は糖尿病網膜症の検査を受けるために内科医から眼科への紹介や受診勧奨を受ける。糖尿病治療ガイド等では、年1回以上行うことが推奨されている。
  5. 尿アルブミン検査: 早期糖尿病性腎症の発見のために行われる検査で、3~6ヶ月に1回行うことが推奨されている。

発表雑誌

参照URL

Diabetes Research and Clinical Practice
ホームページ (https://www.diabetesresearchclinicalpractice.com/

本件に関するお問合わせ先

責任著者
国立国際医療研究センター研究所 糖尿病情報センター 医療政策研究室
東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻 公衆衛生学分野
筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野
杉山 雄大(すぎやま たけひろ)
電話: 03-3202-7181(内線 2162)
FAX: 03-3207-1038
E-mail:tsugiyama@hosp.ncgm.go.jp
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
広報係長:西澤 樹生(にしざわ たつき)
電話:03-3202-7181(代表) <9:00~17:00>
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