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全国レセプトデータにおける糖尿病診療の質指標を測定
– 網膜症検査・尿検査実施割合の低さと都道府県別・施設別のばらつきが課題 –

2019年7月30日

国立国際医療研究センター
東京大学大学院医学系研究科

国際科学誌『Diabetes Research and Clinical Practice』掲載

発表のポイント

  1. 全国で行われた保険診療のほぼ全ての情報が含まれている大規模データ「レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)」を用いて、2015年度に糖尿病薬の定期処方を受けている外来患者が、ガイドラインで推奨されている検査を年1回以上受けている割合を測定しました。
  2. 約415万人の当該患者において、血糖コントロール指標(HbA1cまたはグリコアルブミン)を測定したのは96.7%、網膜症検査を受けたのは46.5%、尿定性検査を受けたのは67.3%、尿アルブミンまたは蛋白の定量検査を受けたのは19.4%であり、血糖コントロール指標の測定は良好であるものの、網膜症検査と尿検査の実施割合が低く、また詳細な解析においては都道府県別・施設別のばらつきが課題であることがわかりました。
  3. これらの数値は糖尿病診療の質指標と捉えることができます。今後も定期的に診療の質指標を測定・公開することで、診療の質向上や、適切な医療政策の立案に役立てることが期待されます。

発表者

  • 杉山 雄大(国立国際医療研究センター 研究所 糖尿病情報センター 医療政策研究室長、
                    筑波大学 医学医療系 ヘルスサービスリサーチ分野 准教授、
                    東京大学大学院 医学系研究科 社会医学専攻 公衆衛生学分野 特任研究員)
  • 大杉 満(国立国際医療研究センター 研究所 糖尿病情報センター長)
  • 門脇 孝(東京大学大学院 医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座 特任教授、
         帝京大学医学部附属溝口病院 病態栄養学講座 常勤客員教授)

(要旨)

糖尿病が悪化したまま放置すると、失明や透析、足切断など重篤な合併症を引き起こすことがあり、糖尿病は透析導入原因の第1位、視力障害原因の第3位と報告されています。そのため、糖尿病診療では血糖、血圧などのコントロールの他に、合併症を早期診断するために合併症検査を定期的に行うことが重要です。これまで、一部の保険者や施設における適切な検査の実施割合は報告されてきましたが、全国における状況を調べた研究はありませんでした。
東京大学大学院 医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座の門脇孝特任教授、国立国際医療研究センター 研究所 糖尿病情報センターの杉山雄大室長などで構成される研究グループは、全国で行われた保険診療のほぼ全ての情報が含まれている大規模データ「レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)」を用いて、2015年度に糖尿病薬の定期処方を受けている外来患者が、糖尿病治療ガイド(日本糖尿病学会 編・著)等で推奨されている糖尿病関連の検査を受けている割合を糖尿病診療の質指標として測定しました。また、都道府県別、日本糖尿病学会認定教育施設としての認定有無別の指標も計算し、更に施設単位の指標のばらつきを観察しました。
研究の結果、約415万人の当該患者において、血糖コントロール指標(HbA1cまたはグリコアルブミン)を測定したのは96.7%、網膜症検査を受けたのは46.5%(都道府県別範囲:37.5%−51.0%、認定有無別:44.8%(認定無し)対59.8%(認定有り))でした。診療報酬から尿検査の施行を観測できる200床未満の病院と診療所で診療を受けた患者のうち、尿定性検査を受けたのは67.3%(都道府県別範囲:54.1%−81.9%、認定有無別:66.8%対92.8%)、尿アルブミンまたは蛋白の定量検査を受けたのは19.4%(都道府県別範囲:10.8%−31.6%、認定有無別:18.7%対54.8%)でした。施設別指標の分布を見ると、網膜症検査、尿検査の実施割合のばらつきが特に大きく、尿定量検査は認定無しのほとんどの施設で行われていないと同時に、認定教育施設でも実施割合の低い施設が少なからずあることが判明しました。
本研究には200床以上の施設における尿検査の実施割合が反映されていないなど限界もあり、解釈の際には注意が必要です。一方で、今回の結果を受けて、医療従事者が着実な検査実施に注意を払うことで、今後の糖尿病診療の質が向上することが期待されます。また、今回の結果は都道府県が医療計画等を立案する際の資料になるなど、エビデンスに基づいた政策立案を推進することが考えられます。
本研究は厚生労働科学研究補助金、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業「今後の糖尿病対策と医療提供体制の整備のための研究」(研究代表者 門脇孝)の一環で行われた研究であり、国際糖尿病連合が発行する“Diabetes Research and Clinical Practice”の電子版に掲載されました。

研究の背景

国民・健康栄養調査によると、全国で糖尿病が強く疑われる者は約1,000万人と言われています。糖尿病が悪化したまま放置すると、透析や失明、足切断など重篤な合併症を引き起こすことがあり、糖尿病は透析導入原因の第1位、視力障害原因の第3位と報告されています。そのため、糖尿病診療では、血糖コントロールや高血圧などの併存症に対する適切な治療の他に、合併症を早期診断するために合併症検査を定期的に行うことが重要です。
ヘルスサービスリサーチや医療政策と呼ばれる研究分野では、医療の質を測定することを通じて、医療の質を向上させることを目指します。医療の質の評価は、その草分けであるドナベディアンによって提唱されており、よい診療を受けるための設備や人員が揃っているか(ストラクチャー)、行うべき処置や治療が行われているか(あるいは行われるべきでない治療が行われていないか)(プロセス)、合併症発症率がどうなっているか(アウトカム)に分けることができ、これらは相互に関連しているとされています。適切な検査や処方が行われているかどうかは、プロセス指標にあたります。
これまで国立国際医療研究センター 研究所 糖尿病情報センターでは、一部の保険者から提供されたレセプト(診療報酬明細書)情報を用いて、糖尿病診療のプロセス指標を測定し、その推移を調べてきました。しかし、全国における状況を調べた研究はありませんでした。
近年、厚生労働省より、高齢者の医療の確保に関する法律に基づいて、「レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)」が構築され、研究者に提供されています。これは、電子化レセプトのほぼ全てを含む大規模データベースであり、このデータを用いることで、全国の診療実態について多くを知ることができると考えられています。

本研究の概要・意義

東京大学大学院 医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座の門脇孝特任教授、国立国際医療研究センター 研究所 糖尿病情報センターの杉山雄大室長などで構成される研究グループは、このNDBを用いて、2015年度に糖尿病薬の定期処方を受けている外来患者が、糖尿病治療ガイド(日本糖尿病学会 編・著)等で推奨されている糖尿病関連の検査を受けている割合を糖尿病診療の質指標として測定しました。また、都道府県別、日本糖尿病学会認定教育施設としての認定有無別の指標も計算し、更に施設単位の指標のばらつきを観察しました。
研究の結果、約415万人の当該患者において、血糖コントロール指標(HbA1cまたはグリコアルブミン)を測定したのは96.7%、網膜症検査を受けたのは46.5%(都道府県別範囲:37.5%−51.0%、認定有無別:44.8%(認定無し)対59.8%(認定有り))でした。診療報酬から尿検査の施行を観測できる200床未満の病院と診療所で診療を受けた患者のうち、尿定性検査を受けたのは67.3%(都道府県別範囲:54.1%−81.9%、認定有無別:66.8%対92.8%)、尿アルブミンまたは蛋白の定量検査を受けたのは19.4%(都道府県別範囲:10.8%−31.6%、認定有無別:18.7%対54.8%)でした。施設別指標の分布を見ると、網膜症検査、尿検査の実施割合のばらつきが特に大きく、尿定量検査は認定無しのほとんどの施設で行われていないと同時に、認定教育施設でも実施割合の低い施設が少なからずあることが判明しました。

表. 糖尿病患者における年1回以上の検査実施割合(糖尿病診療の質指標)

 

全体(%)

都道府県

学会施設認定有無

最低(%)

最高(%)

認定無し(%)

認定有り(%)

HbA1c・グリコアルブミン

96.7%

95.1%

98.5%

96.7%

97.4%

網膜症

46.5%

37.5%

51.0%

44.8%

59.8%

尿定性(200床未満のみ)

67.3%

54.1%

81.9%

66.8%

92.8%

尿蛋白・アルブミン定量(200床未満のみ)

19.4%

10.8%

31.6%

18.7%

54.8%

2015年度に糖尿病薬の定期処方を受けた患者が対象。
学会施設認定有無:日本糖尿病学会認定教育施設としての認定を受けているか否かで2群に分類。
HbA1c・グリコアルブミン検査、網膜症検査においては認定無しが約44,000施設、認定有りが約600施設。
尿検査(定性・定量)では200床未満の施設のみが対象となるため、認定無しが約39,000施設、認定有りが約100施設。

本研究は200床以上の施設における尿検査の実施割合が反映されていない、都道府県や施設間における合併症の重症度の違いが考慮されていないなど限界もあり、解釈の際には注意が必要です。また、尿アルブミン定量検査に関しては、検査頻度や病名によっては診療報酬が償還されない場合もあり、そのことが影響して検査がなされない可能性もあります。

一方で、今回の結果を受けて、医療従事者が着実な検査実施に注意を払うことで、今後の糖尿病診療の質が向上することが期待されます。また、今回の結果は都道府県が医療計画等を立案する際や診療報酬改定に関して議論を行う際の資料になるなど、エビデンスに基づいた政策立案を推進することが考えられます。

今後の展望

研究グループでは、今後も定期的に糖尿病診療の質指標を測定し、診療の質向上や、適切な医療政策の立案に役立つ情報を提供していく予定です。
また、診療ガイドラインと同じように、新しい検査・治療の開発、新たな知見の判明、新たな情報源を得ることなどにより、取るべき指標や指標の定義も変わることが考えられます。また、指標の作成には項目の定義や除外基準等定めるべきことが多くあり、これらが変わると指標の値も変わり得ます。そのため、指標の定義については学会、研究者、政策立案者を含めて継続的に話し合うことが検討されています。

発表雑誌

  • 雑誌名:Diabetes Research and Clinical Practice
  • 論文タイトル:Variation in process quality measures of diabetes care by region and institution in Japan during 2015–2016: an observational study of nationwide claims data
  • DOI番号:10.1016/j.diabres.2019.05.029

本件に関するお問合わせ先

責任著者
国立国際医療研究センター 研究所 糖尿病情報センター 医療政策研究室長
筑波大学 医学医療系 ヘルスサービスリサーチ分野 准教授
東京大学大学院 医学系研究科 社会医学専攻 公衆衛生学分野 特任研究員
杉山 雄大(すぎやま たけひろ)
電話:03-3202-7181(内線 2161)
FAX:03-3207-1038
E-mail:tsugiyama@hosp.ncgm.go.jp
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

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