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糖尿病研究センター

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肝臓からのブドウ糖の産生を調節するタンパク質を発見
-糖尿病の高血糖に関与、新規血糖降下薬の開発に期待-

2012年3月21日

独立行政法人 国立国際医療研究センター

米国科学誌『Nature Medicine』掲載

糖尿病の特徴である慢性の高血糖には、インスリン・グルカゴンなどのホルモンの作用異常による肝臓からのブドウ糖の産生の増加が深く関与しています。しかし、その機序は充分には解明されていません。
このたび、国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター 分子代謝制御研究部 松本道宏 部長、春日雅人 研究所長・糖尿病研究センター長らの研究グループは、遺伝子発現を調節するタンパク質であるCITED2が、ホルモンによる肝臓からのブドウ糖の産生調節に中心的な役割を果たすことを世界に先駆けて明らかにしました。
本研究成果は、米国科学誌『Nature Medicine』に掲載されるに先立ち、米国東部標準時間3月18日午後2時(日本時間3月19日午前3時)にオンライン版に掲載されました。また、朝日新聞科学欄(平成24年3月26日付)でも紹介されました。

今回の研究の主な成果として、

  1. 空腹時に膵臓から分泌され血糖値増加作用を有するホルモンであるグルカゴンの働きでCITED2の発現が増加する。
  2. CITED2の発現増加は肝臓からのブドウ糖の産生を引き起こし、血糖値を上昇させる。この作用は、糖産生を増強する酵素群の遺伝子発現誘導に重要な分子PGC-1αの活性化を介している。
  3. CITED2による肝臓からの糖産生増加作用は、血糖値の低下作用をもつインスリンによって抑制される。
  4. 肝臓からのブドウ糖産生の増加・高血糖を呈する糖尿病モデルマウスの肝臓では、CITED2の発現が増強しており、CITED2の発現抑制により高血糖が著明に改善する。

ことを見出しました。

本研究の意義として、

  1. CITED2が血糖値の調節に重要なホルモンであるグルカゴン・インスリンのシグナルを受け取り、PGC-1αの活性へと変換することで、肝臓からのブドウ糖産生を調節し、正常な血糖値の維持に寄与していることを明らかにした点
  2. CITED2のタンパク量の増加が糖尿病の高血糖の病因の一つである可能性を見出し、CITED2の作用の抑制が高血糖の治療に繋がることを明らかにした点

が挙げられます。

研究の背景

日本における糖尿病の該当者・予備群は2000万人を越え、動脈硬化性の心臓血管障害を含めた糖尿病合併症の急増を阻止するため、糖尿病の発症早期から高血糖を治療する必要があります。高血糖の主要な原因の一つとして、肝臓からのブドウ糖の産生(肝糖産生)の病的な増加が挙げられます。糖産生は、絶食・空腹時に膵臓から分泌されるグルカゴンによって起こり、食事摂取により分泌されるインスリンにより強力に抑制されます。絶食・空腹時の肝糖産生は、低血糖による臓器障害・生命の危機を回避するのに極めて重要ですが、2型糖尿病ではインスリン作用の障害とグルカゴン作用の増強のため、糖産生は増強し、高血糖を引き起こします。肝糖産生の際のブドウ糖は、グリコーゲンの分解と糖新生によって供給されます。グリコーゲンはブドウ糖からなる高分子体であり、その分解によりブドウ糖を供給することができます。糖新生は、乳酸やアミノ酸といった糖質以外の物質を原料にブドウ糖を作り出す反応です。2型糖尿病の肝臓では、グリコーゲン分解ではなく糖新生が亢進しており、肝糖産生の増加は糖新生の亢進が原因と言えます。糖新生量は、糖新生系酵素の量が増えると増加し、2型糖尿病の肝臓では、これらの酵素の量が増加しています。2型糖尿病の高血糖の新規治療薬の開発のためには、肝臓の糖産生、特に糖新生を調節する分子機構の解明が重要ですが、未だ不明な点が多く残されています。

本研究の概要・意義

今回、グループは、膵臓から分泌されるホルモンによっておこる肝臓からのブドウ糖の産生の調節に重要なタンパク質CITED2を発見しました。さらに、本タンパク質が糖尿病モデル動物の高血糖に関与し、本タンパクの機能を抑制することにより高血糖の治療が可能であることを明らかにしました。

これまでCITED2は、正常な胎児の発育や成体での造血に必須であることが報告されていましたが、代謝調節における役割や糖尿病への関与は不明でした。グループは、空腹時に膵臓から分泌されるグルカゴンの作用によって本タンパクの肝臓での発現量が増加することを見出し、本タンパクが肝臓における空腹・絶食応答に関与する可能性を考えて研究を進めました。その結果、空腹時のグルカゴンによって本タンパク量が増加すると、肝臓からのブドウ糖の産生が増強し血糖値が高くなること、この作用は、肝糖産生を増強する糖新生系酵素の遺伝子発現誘導に重要な分子PGC-1αの活性化を介していることを見出しました。PGC-1αはGCN5というアセチル化酵素によってアセチル化修飾を受けると、その活性が抑制されることが報告されていました。グループは、CITED2によるPGC-1αの活性化の分子メカニズムとして、CITED2がGCN5によるPGC-1αのアセチル化修飾を抑制することを明らかにしました。さらに、血糖値の低下作用をもつインスリンによってCITED2による肝臓からの糖産生増加作用が抑制されることも見出しました。

2型糖尿病では糖新生の病的亢進により肝臓からの糖産生が増加し、高血糖となっています。そこで糖尿病の高血糖へのCITED2の関与を、糖尿病モデルマウスを用いて検証しました。糖尿病モデルマウスの肝臓では、糖産生の増加と合致するようにCITED2の発現が増強していました。CITED2の発現を抑制すると高血糖が改善し、糖尿病が軽減することが分かりました。

これらの結果をまとめると図のようになります。摂食時には、インスリンによりCITED2によるGCN5の抑制は解除されています。その結果、GCN5によるPGC-1αのアセチル化が起こり活性が低下し、糖産生が抑制されます。一方、絶食時には、そして糖尿病でも類似の病態と考えられますが、グルカゴンによるCITED2の発現の増加により、GCN5の機能が抑制されます。するとPGC-1αのアセチル化が抑制され、活性化が起こります。その結果、糖新生系酵素の発現が増加し糖産生の増強が起こります。

本研究の意義として、

  1. CITED2が血糖値の調節に重要なホルモンであるグルカゴン・インスリンのシグナルを受け取り、PGC-1αの活性へと変換することで、肝臓からのブドウ糖産生を調節し、正常な血糖値の維持に寄与していることを明らかにした点
  2. CITED2のタンパク量の増加が糖尿病の高血糖の病因の一つである可能性を見出し、CITED2の作用の抑制が高血糖の治療に繋がることを明らかにした点

が挙げられます。

本研究の概要

今後の展望

今回の結果から、CITED2の作用を調節する因子が、新規血糖降下薬開発の標的分子となると考えられます。今後、このような因子(群)を同定することにより、糖尿病創薬に繋がることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Nature Medicine
論文名:CITED2 links hormonal signaling to PGC-1α acetylation in the regulation of gluconeogenesis
和文訳論文名:はホルモンの指令をPGC-1αのアセチル化状態の変化へと変換し肝臓からの糖新生を調節する
筆頭著者:酒井 真志人
責任著者:松本 道宏, 春日 雅人
掲載日:米国東部標準時間3月18日午後2時(日本時間3月19日午前3時)に、先行してオンライン版に掲載

参照URL

Nature Medicineホームページ(http://www.nature.com/nm/index.html

本件に関するお問合せ先

国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター 分子代謝制御研究部
部長:松本 道宏(まつもと みちひろ)
電話番号:03-3202-7181(内線 2800)
〒162-8655 東京都新宿区戸山1-21-1

取材に関するお問合せ先

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